毎年どんどん新しい制度が増えていくことに、ため息が出る税理士も多いでしょう。
いったい、いつまで追いつける仕事なのでしょうか。

税制が毎年複雑になり続ける現実

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税制改正は毎年行われるものですが、ここ数年は「特例措置が乱立している」という状況が深刻です。

政府が掲げる政策目標を達成するために、賃上げ促進税制、事業承継税制、カーボンニュートラル投資促進税制など、政策誘導型の優遇税制が次々と生み出されているのです。これらは確かに顧問先の節税に役立つ制度なのですが、適用要件が極めて複雑で、かつ頻繁に改正される。その度に、税理士は最新情報をキャッチアップしなければならない状況に追われています。

政策誘導税制の乱立と計算の複雑さ

具体的に見てみましょう。中小企業向けの賃上げ促進税制は、従業員の給与を増やした場合に法人税から税額控除を受けられる制度です。しかし適用要件を見ると、複数段階の計算が必要になります。給与増加割合が1.5%以上なら15%、2.5%以上なら30%の控除率が適用されるというように、増加幅によって控除率が変わります。さらに教育訓練費を増やせば、その割合に応じてさらに10%の上乗せが可能になります。

赤字企業だった場合、控除しきれない額は5年間繰り越すことができるという新しいルールも加わりました。つまり、「黒字か赤字か」「給与増加率はいくつか」「教育訓練費は達成したか」「繰越額はいくつか」といった複数の要素を同時に判定する必要があるのです。

条件 給与増加割合 税額控除率 上乗せ可能額
基本 1.5%以上 15%
基本 2.5%以上 30%
上乗せ要件 2.5%以上 30% 教育訓練費増加で+10%

事業承継税制も同様です。自社株を後継者に引き継ぐ際の納税猶予制度ですが、認定申請、相続税・贈与税申告、その後5年間の毎年報告、さらに5年経過後も3年ごとの報告義務が発生します。制度が「特例措置」と「一般措置」の2つに分かれており、企業によってどちらが有利かも異なるのです。

もし後継者がM&Aで会社を売却したり、途中で承継を辞めたりすると、猶予された全額の税金を一括納付しなければならず、さらに利子税も発生します。こうした「万が一のケース」の対応も、事前に顧問先に説明しておく必要があります。

事前説明と継続的な対応が必須

複雑な税制の適用要件を把握することは、もはや個人の努力だけでは限界に達しています。

事務所全体で対応体制を整える必要があるのです。freee会計やマネーフォワード クラウド会計といった会計ソフトの機能も向上していますが、最終的には人間の目で複雑な判定ロジックを確認しなければなりません。Excelで複雑な計算式を組み立てたり、対象要件をチェックリスト化したりという、実務的な対応が不可欠です。

「節税提案が時限爆弾に」富裕層課税強化の落とし穴

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さらに深刻な問題は、富裕層向けの節税スキームが、税制改正によって次々と封じ込められているという点です。

タワーマンション節税の規制がその代表例です。かつて富裕層の間では、相続直前に高額なタワーマンションを購入することで、相続税評価額を大きく圧縮する手法が活用されていました。購入価格3億円のマンションが、相続税評価額では7,000万円程度に圧縮されるといったケースもありました。これを使えば、相続税を大幅に削減できるとして、多くの税理士が顧問先に提案していたのです。

ところが2024年1月1日から、この評価方法が改正されました。区分所有マンションの評価ルールが見直されたことで、タワマン節税の効果はほぼ消滅してしまったのです。

過去の提案が「損害賠償」に変わるリスク

問題は、これが「今後はこのスキームが使えない」という話で終わらないということです。

過去にこの節税スキームを提案された顧問先は、数年経ってから「あの時提案してもらった節税対策がもう使えなくなった」という事実に直面します。さらに悪いことに、既に実施済みのタワマン購入について、税務調査で「租税負担の公平に反する」として追徴課税されるリスクまで生じています。実際に、最高裁判決でも国側の追徴課税が認められた事例があります。

そうなると顧問先からの信頼は一気に失われます。「あの税理士の提案が間違っていた」「その結果、無駄な投資をしてしまった」という認識を持たれれば、損害賠償請求に発展する可能性もあります。

教育資金の一括贈与制度の終了も、同じパターンです。かつては1,500万円までなら贈与税が非課税という制度があり、多くの富裕層がこの制度を活用していました。ところが、この制度も今年から改正・終了される見通しです。

「時限爆弾」を抱える恐怖感

税理士が提案した節税スキームが、数年後の税務調査で否認されるリスクは、資産税専門家にとって最大の懸念事項です。

完全に合法だと思っていたスキームが「新しい通達が出た」「税制が改正された」という理由で、いきなり違法認定されるようなことがあれば、その責任をすべて税理士が背負わされることになります。

何年も前の契約書を見直し、「あの提案は現在の基準では適切ではない」という議論が生まれるだけでも、精神的な負担は大きいものです。

情報キャッチアップの「無限ループ」

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こうした状況の中で、税理士は常に「最新情報をキャッチアップし続けること」を求められています。

税理士連盟による定期的な講習会、事務所内での勉強会、e-JINZAIなどのオンライン研修プラットフォーム──こうした研修機会が用意されているのは事実です。しかし、それらすべてに対応しながら、日々の顧問先対応もこなし、確定申告期には月80時間の残業をするというのは、もはや現実的ではありません。

「即答できない」ことで失われる信頼

顧問先は、税理士に対して「最新の税制についてすぐに相談したい」という期待を持っています。「これは使える制度か」「うちの会社に適用されるか」と聞かれたときに、「ちょっと調べてから連絡します」と答えれば、それだけで信頼は失われ始めます。

「税理士なのに即答できないのか」という不満は、顧問料の値引き交渉や別の税理士への乗り換えにつながります。実務家としての経験があり、複雑な制度も理解しているはずの税理士でも、これだけの情報量をすべて脳に入れておくことは不可能です。

  • 毎年複数の大型税制改正がある
  • 各制度の適用要件が多段階で複雑である
  • 改正内容を正確に理解するまでに時間がかかる
  • 新制度と既存制度の併用可否を判定する必要がある
  • 顧問先からは「即答」を期待されている

この矛盾の中で、税理士は常に「追いつかない」という焦燥感に駆られています。

制度の複雑化が加速していく理由

そもそも、なぜ税制がここまで複雑になってしまったのでしょうか。それは政策目標と税制設計のズレにあります。政府は「賃上げを促進したい」「脱炭素を進めたい」「事業承継を円滑にしたい」という目標を持ちます。その目標を達成するために、「条件を満たせばこのくらい優遇する」という制度設計をするのです。

ところが、その「条件」が複雑になればなるほど、制度自体の運用難度も上がってしまう。さらに、制度間の相互作用も複雑になります。賃上げ促進税制と事業承継税制を同時に適用したい場合、どちらが優先されるのか、計算順序はどうなるのかといった問題まで生じます。

2026年度改正が新たな「波状攻撃」をもたらす

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2026年度税制改正では、これまた大型の改正が複数同時に実施される予定です。

インボイス制度の経過措置終了、2割特例の廃止、さらなるタワマン節税の規制強化など、顧問先への影響が大きい改正がそろっています。特に2割特例を利用していた個人事業主の事務所にとっては、業務負担が大幅に増加することになります。

波状攻撃に備える準備

税理士事務所としては、これらの改正に対して、今から準備を進める必要があります。会計ソフトの設定変更、スタッフの研修、顧問先への説明資料作成──やることは山ほどあります。

そして、これすべてが「通常業務の外」として追加で発生する業務なのです。繁忙期を前に、その準備に追われるという矛盾した状況が続いているのです。

税制の複雑化に対応するためには、事務所の体制整備と顧問料の見直しが、同時に進められるべきです。

単なる業務効率化では対応しきれない段階に入っているからです。

税理士自身も「被害者」である現実

最後に、一つ確認しておきたいことがあります。

税制が複雑化することで、最も困るのは実は「顧問先」ではなく「税理士」かもしれないということです。顧問先は、複雑な制度について税理士に相談すればいい。でも税理士は、その複雑な制度をすべて理解して、顧問先に説明する責任を負わされます。

新制度のキャッチアップ、過去の提案の見直し、複雑な適用判定、トラブル時の対応責任──これらすべてが、税理士の肩に重くのしかかっています。

「昔は税法も今ほど複雑じゃなかった」という経験者の言葉は、現在の税理士が直面している状況の苦しさを表しています。制度は簡潔に、かつ使いやすく設計するべきというのは、多くの税理士の切実な願いなのです。
記事の関連ワードに基づいた、よくある質問と回答をQ&A形式で作成いたします。

よくある質問と回答

Q1:毎年の税制改正に全て対応するには、どの程度の時間が必要ですか?

Answer
正直に申し上げると、完全に対応することは現実的ではありません。ただし、優先順位をつけることは可能です。まず、自分の顧問先に直接影響する改正を抽出します。次に、業界団体や税理士会から提供される研修資料を活用し、重要なポイントだけを集中学習します。一般的には、大型改正1つに対して、理解から実務適用までに20~30時間の学習が必要だと考えておくと良いでしょう。ただし、複数の改正が同時に発生する場合は、この限りではありません。重要なのは「完璧を目指さない」という割り切りです。顧問先から質問された時点で、即座に調べられる環境と習慣を身につけることが、実務的には最も効率的です。
Q2:複雑な新制度について、顧問先から即座に質問されたときの対応方法は?

Answer
「わかりました、早速調査して回答します」と誠実に答えることが大切です。「税理士なのに即答できない」というイメージを避けたいあまり、曖昧な返答をすると、後々のトラブルに発展します。むしろ「このテーマについては複雑なため、正確な情報を確認した上で、個別のシミュレーションを提示させていただきたい」という説明の方が、顧問先からの信頼を勝ち取ります。事務所内で複数人で検討し、複数の解釈の可能性がある場合は、その旨も正直に伝えることです。税理士の責任を果たすためには、スピードよりも正確性を優先する姿勢が必須です。
Q3:タワマン節税のように「過去の提案が否認される」リスクを、どう管理すればいい?

Answer
まず重要なのは「過去の提案内容を記録に残す」ことです。提案当時の法令、通達、判例に基づいて提案していたという証跡を保管しておくことで、万が一のトラブル時に「当時の基準では適切だった」という主張ができます。次に、定期的に顧問先に対して「税制改正により、過去の対策の有効性が変わった可能性がある」という連絡を入れることが大切です。タワマン購入済みの顧問先に対しては、「最新の評価ルール」を説明し、「必要に応じて不動産活用プランの見直しを検討しませんか」と提案するくらいの主体性が求められます。これにより、顧問先から「自分たちの利益を考えてくれている」というイメージが生まれ、結果として信頼関係が強化されます。
Q4:新しい優遇税制(賃上げ促進税制など)の適用判定が複雑な場合、事務所内でどう対応すべき?

Answer
事務所内に「制度別の専門チーム」を作ることをお勧めします。すべてのスタッフが全制度を完璧に理解する必要はありません。むしろ「Aさんは賃上げ促進税制の専門」「Bさんは事業承継税制の専門」というように役割分担し、各チームが深掘り学習することが効率的です。加えて、freee会計やマネーフォワード クラウド会計の制度別機能を活用し、計算ロジックをシステムに落とし込むことも有効です。複雑な判定フローはExcelで自動計算できるようにテンプレート化しておくと、属人化を避けることができます。定期的な事務所内研修で、全スタッフが基本を理解した上で、各自が深掘りする体制が理想的です。
Q5:2026年度改正(インボイス経過措置終了など)に向けて、今から準備することは?

Answer
「影響を受ける顧問先のリストアップ」が最初の一歩です。2割特例を利用している個人事業主、免税事業者から課税事業者への転換を検討している事業主など、対象者を早期に把握します。次に「顧問先別シミュレーション」を作成します。改正による税負担の増加額、対応方法(経費削減、価格改定など)を数字で示すことで、顧問先の不安を軽減できます。さらに、事務所内では「改正対応マニュアル」を整備し、新しい申告ルールやシステム設定変更をチェックリスト化しておきます。改正施行時期によっては、会計ソフトのアップデートタイミングも重要になるため、事前に関連企業とコミュニケーションを取っておくことも大切です。早期準備が、繁忙期の業務負担を大幅に軽減します。