ここ数年、私たちの業界はまるで嵐の中にいるようです。
「インボイス対応が終わったと思ったら、次は電帳法。その次は定額減税…」
息つく暇もなく押し寄せる法改正の波に、もうヘトヘトですよね。
今日は、そんな先生方の心の叫びを代弁しつつ、この「終わりのないマラソン」の正体について語っていきたいと思います。
- 記事の要約
- インボイス制度や電子帳簿保存法の導入以降、税理士の業務量は爆発的に増加しました。
- しかし、その手間に対する対価(顧問料アップ)は得られず、現場は疲弊しきっています。
- 「法改正疲れ」と「収益性の低下」という二重苦が、事務所経営を深刻な危機に追い込んでいるのです。
- (参照元:電子帳簿保存法とインボイス制度の違いは?保存要件や対応を解説)
終わらない法改正疲れの正体

「昔はよかった」なんて年寄りじみたことは言いたくありませんが、ここ数年の改正ラッシュは異常です。
消費税が8%から10%になった頃から、私たちの業務は複雑怪奇なパズルゲームのようになってしまいました。
かつては、決算期さえ乗り切れば、夏場などは比較的ゆったりとした時間が流れていたはずです。
しかし今はどうでしょう。
一年中、何かの制度変更への対応に追われ、常に何かに急かされている感覚がありませんか?
この「慢性的な焦燥感」こそが、法改正疲れの正体なのです。
インボイス制度と電帳法の波状攻撃
2023年10月のインボイス制度開始、そして2024年1月の電子帳簿保存法の義務化。
このワンツーパンチは、ボディブローのようにじわじわと現場の体力を奪っています。
制度開始前は、クライアントへの説明会や案内文の作成、システムの切り替えなどで大わらわでした。
「freee」や「マネーフォワード」などのクラウド会計ベンダーも、ここぞとばかりに新機能をリリースし、その仕様を理解するだけでも一苦労。
毎日のように届くアップデート通知を見るたびに、「また画面が変わったのか」とげんなりした経験、ありますよね。
制度が始まってしまえば楽になるかと思いきや、現実は全く逆でした。
実務に入って初めて、「え、このパターンの場合はどうするの?」という例外処理が次々と湧き出てくるのです。
国税庁のQ&Aサイトをブックマークして、何度も何度も読み返す日々。
まるで終わりのないモグラ叩きをしているような気分になります。
運用定着や細かな修正対応の罠
「先生、レシートって写メで送ればいいんですよね?」
「あ、それだと解像度が足りなくてタイムスタンプが…」
こんなやり取りを、もう何百回繰り返したでしょうか。
制度自体はスタートしましたが、クライアント側での運用は全く定着していません。
特に中小企業の社長さんや経理担当者にとって、これらの制度は「面倒なだけ」の存在です。
だからこそ、適当に処理してしまいがち。
その結果、決算月に大量の「要件を満たしていないデータ」が発掘され、税理士側が青ざめることになります。
| 発生する問題 | クライアントの言い分 | 税理士の心の声 |
|---|---|---|
| 登録番号の記載漏れ | 「手書きで足しとけばいい?」 | いや、再発行してもらわないとアウトです… |
| 電子データの紙保存 | 「紙の方が見やすいでしょ」 | 電帳法違反になるので全部スキャンし直しです… |
| 簡易課税の選択ミス | 「なんか安くなるやつにして」 | シミュレーションしないと分からないんです… |
こうした「後始末」や「修正対応」に追われる時間は、本来の税務判断や経営アドバイスの時間ではありません。
ただひたすらに、形式を整えるだけの作業。
これが、税理士としてのプライドとモチベーションを削り取っていくのです。
事務作業倍増でも売上は?

さて、ここからがお金の話です。
これだけ業務量が増えたのだから、当然、報酬も増えているはずですよね?
…と言いたいところですが、現実は残酷です。
「手間は2倍、報酬は据え置き」
これが、多くの会計事務所が直面している悲しい現実ではないでしょうか。
クライアントの領収書チェック地獄
インボイス制度以降、記帳代行の難易度は跳ね上がりました。
これまでは「3,000円の会議費」と入力すれば終わりだったものが、今は違います。
まず、領収書に「T」から始まる13桁の番号があるか探す。
(これがまた、薄いインクだったり、レシートの端っこに小さく印字されていたりして見つからない!)
次に、その番号が国税庁のサイトに登録されているか確認する。
さらに、軽減税率8%と標準税率10%が混在していないかチェックする。
これらを目視で行うのは、もはや狂気の沙汰です。
「達人シリーズ」や「弥生会計」などのOCR機能(文字読み取り)も進化していますが、まだまだ100%ではありません。
結局、最後は人間の目で見て、修正する必要があります。
この膨大な確認作業は、残念ながらクライアントの売上アップには1円も貢献しません。
だからこそ、クライアントにとっては「なんでそんな細かいことを気にするの?」と映ってしまい、こちらの苦労が全く伝わらないのです。
顧問料は上げにくいというジレンマ
「社長、インボイス対応で作業が増えたので、月額顧問料を5,000円上げさせてください」
この一言が、喉まで出かかっては消えていく。
そんな先生が多いのではないでしょうか。
理由は明確です。
クライアント自身も、原材料高騰や人件費アップで苦しんでいることを一番よく知っているからです。
試算表を作っている私たちが、「社長、今月も赤字ですね」と報告した直後に、「じゃあ私の報酬を上げてください」とは言えませんよね。
また、ネットで検索すれば「月額9,800円〜」という激安税理士の広告が出てきます。
値上げを打診して、「じゃあ安いところに変えるわ」と言われるのが怖い。
その恐怖心が、適正な対価を請求するブレーキになっています。
結果として、スタッフに残業代を払い、自分は休日返上で領収書の番号確認をする。
いわば「タダ働き」に近い状態で、なんとか事務所を回している。
これが、法改正が生んだ「業務過多」のリアルな現場です。
ここまでは、法改正による業務量の増加と、それが収益に結びつかない苦悩についてお話ししました。
しかし、問題はこれだけではありません。
ITツールの導入が進む中で、クライアントとの間に生まれる「新たな格差」が、さらなる業務負担を生んでいます。
デジタル化が進んだからこそ生まれた新たな悩み「IT格差による尻拭い」と、この泥沼から抜け出すための具体的なアクションプランについて深掘りしていきます。
IT対応の格差と「尻拭い業務」の泥沼

「これからはクラウド会計の時代です!業務効率化しましょう!」
数年前、そんなキャッチコピーに胸を躍らせた先生も多かったはずです。
データ連携で自動仕訳、通帳の入力も不要。夢のような世界が来ると思っていましたよね。
しかし、蓋を開けてみればどうでしょう。
便利になったのは「ITリテラシーが高い一部のクライアント」だけ。
残りの多くのクライアントとの間には、深くて暗い溝ができてしまいました。
クライアント側での連携ミス連発
「先生、freeeと銀行口座を連携しておきました!」
意気揚々と報告してくれる社長さん。しかし、画面を見て愕然とすることがあります。
二重取り込み: クレジットカードの明細と、銀行引き落としの明細が両方取り込まれて、経費が2倍に計上されている。
プライベート口座の混入: 社長の個人的なAmazonの買い物(子供のおもちゃや生活用品)まで、全て自動で取り込まれ、それを一つ一つ「事業主貸」に修正する作業。
謎の勘定科目: AIが勝手に推測した、とんでもない勘定科目(例:接待交際費が全部「消耗品費」になっている等)がズラリと並んでいる。
結局、自動化されたのは「間違ったデータを作る工程」だけ。
その尻拭いをするのは、私たち税理士です。
「これなら、通帳のコピーをもらって手打ちした方が早かったんじゃないか…?」
深夜のオフィスで、何度そう呟いたことでしょう。
ツールが進化すればするほど、使いこなせないクライアントのミスは複雑化し、修正の手間は雪だるま式に増えていくのです。
アナログ修正を強いられる不条理
さらに厄介なのが、システム間連携の不具合です。
Airレジと弥生会計、SquareとMFクラウドなど、API連携をしているはずなのに、なぜか数字が合わない。
原因を突き止めるために、CSVデータをダウンロードして、Excelで突き合わせ作業を行う。
最先端のクラウドツールを使っているはずなのに、やっていることは昭和時代のアナログな照合作業。この皮肉な状況に、乾いた笑いしか出ません。
クライアントに「連携設定を見直してください」と頼んでも、「よく分からないから先生やっといてよ」の一言で終了。
IDとパスワードを預かり、本来なら別料金をもらいたいシステム設定代行まで、なし崩し的にやらされる。
これが「IT対応格差」の現場の実態です。
| デジタル化の理想 | 現場の現実 |
|---|---|
| 自動仕訳で入力ゼロ | 誤仕訳の修正で入力倍増 |
| ペーパーレス化 | 画面確認が面倒で結局印刷 |
| リアルタイム経営分析 | 連携エラーで数字が固まらない |
「業務過多」からの脱出ルート

ここまで、絶望的な話ばかりしてしまいましたが、ここで思考停止してはいけません。
このままでは、先生自身が過労で倒れるか、スタッフが逃げ出して事務所が崩壊するかのどちらかです。
今こそ、勇気を持って「守りの経営」から「攻めの効率化」へ舵を切る時です。
「やらないこと」を決める勇気
まず、全てのクライアントに「フルサービス」を提供することを諦めましょう。
法改正で業務が増えた分、どこかを削らなければパンクします。
例えば、インボイスの番号確認。
「当事務所では、記帳代行においてインボイス番号の全件照合は行いません。消費税の計算に誤りがあっても責任は負いかねます」
という免責事項を契約書に盛り込むのです。
あるいは、「全件照合をご希望の場合は、月額〇〇円のオプションとなります」と明確に線引きをする。
「冷たいと思われるかも」と恐れる必要はありません。これはプロとして品質を保つための「トリアージ」なのです。
値上げ交渉の「正当な理由」にする
法改正は、実は値上げの絶好のチャンスでもあります。
「私の生活が苦しいから」ではなく、「国の制度変更に対応するためのコスト」として説明すれば、クライアントも納得せざるを得ません。
「インボイス対策費として、一律月額3,000円アップさせていただきます」
「その代わり、電子帳簿保存対応の専用クラウドストレージを提供します」
このように、単なる値上げではなく「新制度対応パッケージ」として提案するのです。
これに応じられないクライアントとは、契約を見直す(解約する)ことも視野に入れましょう。
業務効率の悪い赤字顧客を手放すことは、結果として事務所の利益率を劇的に改善させます。
AI-OCRとアウトソーシングの活用
最後に、テクノロジーを「修正」ではなく「入力」の段階で徹底活用することです。
最近のAI-OCR(「STREAMED」や「sweeep」など)の精度は飛躍的に向上しています。
スキャンさえすれば、99%の精度で仕訳データ化してくれます。
また、どうしても手が足りない記帳業務は、思い切って「BPO(外部委託)」に出すのも手です。
所内の貴重な人材を、単純入力作業で疲弊させてはいけません。
彼らには、クライアントとのコミュニケーションや、付加価値の高い提案業務に集中してもらう。
「作業は外へ、思考は内へ」。
この切り替えができるかどうかが、生き残る事務所の分かれ道になります。
長くなりましたが、結論は一つです。
法改正の波は、これからも止むことはないでしょう。
だからこそ、私たちが変わるしかないのです。
「何でも屋さん」からの卒業。
それが、この法改正疲れ地獄から抜け出す唯一のチケットです。
よくある質問と回答
Answer 値上げは「お願い」ではなく「通告」のスタンスで臨むのがコツです。「事務量が増えたので」という理由よりも、「インボイス制度に対応した新しい契約プランへの移行」として提示するのが効果的です。具体的には、「標準プラン(番号チェックなし)」と「プレミアムプラン(全件チェックあり)」を作り、チェックが必要な場合は料金が上がる仕組みにするなど、クライアントに選択肢を与えつつ、実質的な値上げに誘導しましょう。
Answer これは「自計化あるある」ですね。解決策は2つです。一つは、「初期設定費用」をもらってプロ(当事務所)が正しく設定し直すこと。もう一つは、修正作業自体を別料金メニュー化することです。「データチェック・修正料:月額〇円」と明示し、きれいなデータでない場合は追加料金が発生すると伝えることで、クライアント側にも「正しく入力しよう」という意識が芽生えます。
Answer クライアントのITリテラシーに合わせて選ぶのが鉄則です。ITに強い会社なら「freee」や「マネーフォワード」の証憑保存機能で十分ですが、苦手な社長さんには「LINEでレシートの写真を送るだけ」のような極限までシンプルなサービス(例:boxやDropboxへのアップロード代行など)を案内する方が、結果的にこちらの管理も楽になります。高機能より「使い続けられるか」を優先しましょう。
Answer 法改正対応を個々の職員任せにしていませんか?事務所として統一のマニュアルやチェックリストを作成し、「ここまでやればOK」というゴールを明確にしてあげることが重要です。また、繁忙期には派遣スタッフや記帳代行会社を活用して、単純作業を切り出すことで、職員の残業時間を物理的に減らす対策も必須です。「事務所が守ってくれている」という安心感が定着率を高めます。
Answer 実務的には、リスクとコストのバランス判断になります。重要性の低い少額取引まで全件完璧に照合するのは現実的ではありません。顧問契約書や仕様書で「照合範囲」を明確にし(例:〇万円以上の取引のみ確認、または抽出検査とする等)、万が一税務調査で否認された場合のリスクをクライアントと共有しておくことが、自身の身を守ることに繋がります。
