最近、顧問先の先生方と話していると、決まって最後はこの話題になります。
「誰かいい人いない?」
まるで合言葉のように繰り返されるこの言葉には、経営者としての切実な叫びが込められていますよね。

今日は、私たちの業界を揺るがしている「人手不足」という正体不明のモンスターについて、現場のリアルな視点から紐解いていきたいと思います。
先生方の眉間のシワがこれ以上深くならないよう、まずは敵を知るところから始めましょう。

  • 記事の要約
  • 税理士業界は今、かつてないほどの「採用難」に見舞われています。
  • 若手受験生の減少、他業界への人材流出、そして給与相場の高騰。
  • これらが複雑に絡み合い、多くの事務所が「存続の危機」に瀕しているのです。
  • (参照元:税理士事務所における採用力の強化策を解説

なぜ税理士業界は応募が来ない?

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求人サイトに高い掲載費を払って、待ちわびること3ヶ月。
やっと来た応募メールを開いてみたら、未経験で簿記3級の勉強を始めたばかりの方だった。
そんな経験、一度や二度ではありませんよね。

かつては「先生」と呼ばれ、安定の象徴だったこの業界。
なぜ今、これほどまでに人が集まらなくなってしまったのでしょうか。

若手受験生の激減という現実

まず直視しなければならないのは、そもそも「税理士になりたい」と思う若者が減っているという事実です。
10年前と比べて、税理士試験の受験者数は大幅に減少しています。
少子化の影響もありますが、それ以上に「資格取得までのコスパ」が悪いと判断されているのが痛いところ。

今の20代は非常に合理的です。
「働きながら5科目合格するのに平均10年かかる」と聞けば、彼らはこう思います。
「それなら、プログラミングを半年勉強してIT企業に入った方が、初任給も高いし休みも多いじゃん」と。

難関資格を突破しても得られるリターンが見えにくい、それが今の税理士業界の残酷な評価なのです。

さらに、大学院免除を使おうにも学費がかかりますし、その間の生活費も馬鹿になりません。
結果として、会計事務所の門を叩く母数そのものが、恐ろしいスピードで縮小しているのです。

魅力的な他業界への流出

会計の知識がある人材を欲しがっているのは、私たちだけではありません。
事業会社、つまり一般企業の経理部門や経営企画室が、強力なライバルとして立ちはだかっています。

特に最近では、SaaS系のテック企業などが簿記の知識を持つ人材を積極的に採用しています。
「freee」や「マネーフォワード」といったクラウド会計ソフトの普及により、経理業務のあり方が変わりました。
これらのツールを使いこなせる若手は、古い体質の会計事務所よりも、リモートワーク完備でフレックス制のIT企業に魅力を感じるのは当然です。

比較項目 一般的な中小会計事務所 一般企業の経理・IT系
繁忙期 確定申告時期は終電帰りも 月末月初はあるが予測可能
テレワーク 紙資料が多く出社必須 完全リモートも珍しくない
ITツール 達人、JDLなど専用機メイン Slack, Notion, Zoomなど最新

彼らにとって、紙の領収書を一枚ずつパンチしてファイルに綴じる作業は、もはや「苦行」でしかありません。
「もっとクリエイティブな仕事がしたい」という若者のニーズを、業界全体が満たせていないのが現状です。

賃金インフレと採用コストの壁

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「人が来ないなら、給料を上げればいいじゃない」
マリー・アントワネットのようなことを言うコンサルタントもいますが、それができれば苦労はしませんよね。

しかし、現実は非情です。
採用市場における「値札」は、私たちの想像を超えるスピードで書き換えられています。

大手との給与格差は広がるばかり

Big4と呼ばれる大手税理士法人や、数百名規模の準大手事務所は、豊富な資金力を武器に初任給をどんどん引き上げています。
未経験でも月給30万円スタート、なんて求人も珍しくなくなってきました。

一方で、従業員数名の個人事務所が提示できるのは、せいぜい月給22〜25万円程度。
この数万円の差は、求職者にとっては死活問題です。
さらに、大手は「資格手当」や「試験休暇」などの福利厚生も充実しています。

正直なところ、同じ未経験者を採用しようとしたら、条件面だけで勝負するのはボクシングで言うならヘビー級とライト級が戦うようなもの。
「アットホームな職場です」という言葉だけでは、もはや給与の差を埋めることはできません。

採用単価の高騰と予算の壁

人材紹介会社(エージェント)を使うと、紹介手数料として年収の30〜35%程度を持っていかれます。
年収400万円の人を採用するのに、120〜140万円ものコストがかかる計算です。
顧問料が月3万円のクライアントを何件獲得すれば元が取れるのか……計算するだけで胃が痛くなりますよね。

かといって、ハローワークだけで待っていても、来るのは定年間近のベテランか、全くの異業種からの転職希望者ばかり。
「即戦力が欲しい」という願いは、もはや高望みと言われる時代になってしまったのでしょうか。

最近では、SNSを使った「リファラル採用(縁故採用)」や、Twitter(現X)での直接スカウトに活路を見出す先生も増えていますが、それも所長自身の発信力やマメさが求められます。
結局、時間もお金もかかる「消耗戦」を強いられているのです。

ここまで、税理士業界を取り巻く「入り口」の厳しさについてお話ししました。
しかし、本当の地獄は「採用した後」に待っていることもあります。
せっかく採用したスタッフが定着しない「ザル状態」の問題と、所長先生自身の引退に関わる「2025年問題」について、現場の温度感そのままにお伝えします。

育たない、すぐ辞める「定着率」の闇

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「3年かけてやっと一人前になったと思ったら、独立しますと言われた」
「繁忙期の直前に、突然LINEで退職届が送られてきた」

こんなトラウマ級のエピソード、先生方の周りでも聞きませんか?
なぜ、今の若手スタッフは定着しないのか。
そこには、私たち世代の常識が通用しない「価値観の断絶」があるようです。

「石の上にも三年」は死語の世界

昔なら、「まずは下積み。コピー取りと領収書貼りから仕事を覚えろ」というのが当たり前でした。
先輩の背中を見て盗め、という職人気質の教育です。

しかし、今の20代・30代にこれを求めると、即座に「ブラック企業」認定されます。
彼らは「成長実感」を何よりも重視します。
半年経っても単純作業ばかりだと、「ここではスキルが身につかない」と判断し、さっさと転職サイトに登録してしまいます。

「我慢して長く勤める」ことへの美徳は消え失せ、「自分の市場価値を最短で上げる」ことが正義なのです。

さらに、インボイス制度や電子帳簿保存法の影響で、業務自体が複雑化・煩雑化しており、教える側の先輩スタッフも余裕がありません。
「マニュアルもないのに、見て覚えろなんて無理ゲー」
そう感じた瞬間に、彼らの心は離れていきます。

コミュニケーション不全とメンタル不調

リモートワークを導入した事務所で増えているのが、この問題です。
ZoomやChatworkでのやり取りだけでは、細かなニュアンスが伝わりにくい。
新人がPCの前で何時間も悩んでいても、誰も気づけないのです。

「質問していいよ」と言われても、「忙しそうな先輩の時間を奪うのは申し訳ない」と遠慮してしまう真面目な子ほど、一人で抱え込んで潰れてしまいます。
気がつけばメンタル不調で休職、そのまま退職……という負のパターン。

Slackでスタンプを送り合うだけでは埋まらない「孤独感」をどうケアするか。
これは、マネジメント層にとって喫緊の課題となっています。

迫りくる「2025年問題」とM&Aの波

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さて、最後はもっと根深い、業界構造そのものの問題です。
ご存知の通り、税理士の平均年齢は60歳を超えています。
「生涯現役」といえば聞こえはいいですが、現実は「辞めたくても辞められない」先生方が溢れているのです。

後継者不在で「廃業」が現実味

「うちは息子が継いでくれるから大丈夫」
そう思っていたら、息子さんは大手企業に就職し、「税理士なんてしんどい仕事、絶対やりたくない」と拒否された。
そんな笑えない話が実際に起きています。

親族内承継が難しくなった今、頼みの綱は所内の有望な若手スタッフです。
しかし、前述の通り、優秀な若手は独立するか、条件の良い企業へ転職してしまいます。
「所長、あとは頼みます」と言って鍵を渡せる相手が、どこにもいないのです。

顧問先からは「先生、あと10年は頑張ってくださいよ」なんて言われますが、体力も気力も限界。
さらに毎年のように変わる税制改正の勉強もしなければならない。
「もう潮時かもしれない」と、ふと夜中に天井を見上げる先生が増えているのは、決して気のせいではありません。

「譲渡」という選択肢の急増

そこで今、爆発的に増えているのが、事務所のM&A(合併・買収)です。
毎週のように届く「事業承継セミナー」のDM、見覚えがありますよね。

「買い手」となるのは、規模拡大を目指す税理士法人や、異業種のコンサル会社など。
彼らは「顧客基盤」と「人材」を欲しがっています。
もし先生が引退を考えているなら、事務所を売却することは、従業員の雇用を守り、顧問先に迷惑をかけないための「責任ある選択」の一つになりつつあります。

選択肢 メリット デメリット
親族承継 心情的に一番スムーズ 子供に意思と能力が必要
所内承継 業務内容が変わらず安心 株式の買い取り資金問題
M&A(第三者承継) 創業者利益が得られる 風土の違いで職員が辞めるリスク

かつては「事務所を売るなんて」とタブー視されていましたが、今は違います。
ハッピーリタイアのための戦略的な出口戦略として、前向きに検討すべき時期に来ているのかもしれません。

2回にわたり、税理士業界の「人」にまつわる悩みをお伝えしました。
暗い話ばかりしてしまいましたが、ピンチはチャンスでもあります。

クラウド会計(freeeやMF)やAIチャットボット(ChatGPT等)を駆使して、**「人がいなくても回る仕組み」**を作れた事務所だけが、この淘汰の時代を生き残れるはずです。
「人手不足」を嘆くのをやめて、「省人化」へと舵を切る。
2025年、覚悟を決めるなら今しかありません。

よくある質問と回答

Q1:求人サイトに高い掲載費を払っても応募がゼロです。これが普通なのでしょうか?
Answer 残念ながら、最近では決して珍しいことではありません。 以前なら「未経験歓迎」と書けば数名は応募がありましたが、今はターゲットを絞り込まないと誰の目にも留まりません。「残業なし」「リモート可」「試験休み100%保証」など、具体的なメリットを打ち出さないと、大手事務所の求人に埋もれてしまいます。ただ待つだけでなく、ダイレクトリクルーティングやSNSなど、攻めの採用への切り替えが必要です。
Q2:大手法人が初任給30万円を出していると聞きました。小さな事務所はどう対抗すればいいですか?
Answer 正直なところ、「給与額」だけで正面衝突すると勝ち目はありません。 お金以外の価値をどう見せるかが勝負です。例えば、「分業制の大手と違って、1年目から法人税務の全体像が見える」「資産税などの特化スキルが身につく」「子育て中の時短勤務に柔軟に対応する」など、ニッチな層や働きやすさを重視する層にアプローチするのが現実的な戦略です。
Q3:せっかく育てた若手が3年くらいで「独立したい」と言って辞めてしまいます。
Answer 辛いですが、今は「3年で卒業」がスタンダードになりつつあります。 「一生働いてくれる」という前提を捨てて、「3年で辞める前提」の組織づくりにシフトしましょう。業務を属人化させず、マニュアルやツールで標準化しておくこと。そして、辞める際も「卒業生」として良好な関係を維持し、将来的に業務提携できるパートナーにするくらいの度量を持つことが、結果的に事務所の財産になります。
Q4:後継者がおらず、M&Aを検討していますが、職員や顧問先に迷惑がかからないか心配です。
Answer その不安はとてもよく分かります。しかし、準備不足で突然廃業する方が、よほど迷惑がかかります。 M&Aは単なる「身売り」ではなく、職員の雇用を守り、顧問先へのサービスを継続させるための「前向きなバトンタッチ」です。最近は職員の処遇維持を契約条件に入れるケースがほとんどですので、早めに専門家に相談し、時間をかけて相性の良い相手を探すことをお勧めします。
Q5:人手不足を解消するために、AIやツール導入は本当に効果がありますか?
Answer 即効性があり、最も確実な投資です。 「人を一人雇う」のはコストもリスクも高いですが、「記帳作業を自動化するツール」は文句を言わず24時間働いてくれます。単純作業をITに任せることで、今いるスタッフの業務時間を2〜3割削減できれば、実質的に人員を増やしたのと同じ効果が得られます。人が採れない今こそ、設備投資に予算を回すべきタイミングです。